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February 24, 2007

三宅籐兵衛の墓

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幕府軍の大将で三宅籐兵衛が天草島原の乱の農民軍に討ち取られ山仁田の庵主が葬ったとされています。

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祇園橋

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天草市の中心を流れる町山口川に、架かる石橋ですが天草島原の乱で幕府軍と農民軍との戦いが在りまして両軍の戦死者で溢れ川の水も真っ赤に染まったと言われてます。両軍の戦闘が激しかったのでしょう。

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February 22, 2007

談合島

有明海の真ん中にある島で天草島原の乱、当時天草島原の各地より代表者が集まって乱の作戦会議(談合)を開いたとされる島で今でも談合島と呼びます。丸いおまんじゅうのような形から団子島と言うのかなと子供の頃は想ってました。Dscf0032_2

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February 21, 2007

兜梅in天草

平成19年2月11日延慶寺の裏にて満開でした。樹齢500余年になるそうですが昔、本戸城の木山弾正と加藤清正が戦って加藤清正は槍の名手で木山弾正は弓の名手であったそうです。いざ戦いとなったときに加藤清正は弓には負けるので、飛び道具を使うのは卑怯なりと言って、組み討ちを臨んだそうです。加藤清正は小男で木山弾正は大男だったのですぐ組み伏せてしまったのですが、木山弾正の家来が木山弾正様は上か下かを訊ねたところ、俺は下だと清正が叫んだので家来は上の方が清正と思って刺したのだそうです。元々木山弾正は耳が遠かったのだそうです。そこで弾正の奥方が鎧兜を着けて、敵をとりに行ったんだそうですがこの木に兜を取られて、女であることが分かり、討ち取られたのだそうです。討ち取られっる直前に花に向かって(花は咲くとも実は成るな)と叫んだそうです。以来花は咲きますが実は成りません。
実際のことは分かりませんがこの木の高さが2mくらいですから馬上の武者の兜が引っ掛かったかは分かりませんが現代の馬は背が高く大きいですが五〇〇年前の馬は日本古来の馬で背が低かったそうです。
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